日本に生まれた事を思わず感謝してしまう一冊「日本人の叡智」

僕が持っているこの価値観は、僕から生まれたものじゃない。

 

 

日本に息づく心。

 

 

脈々と受け継がれてきていることを胸で感じた。

 

 

そんなことを教えてくれる一冊、「日本人の叡智」★★★★☆磯田道史

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無名ながらも素晴らしい日本にいた偉人たちの言葉を集めたもの。

 

よくここまで調べたものだ。こんな隠れた賢人の人生を拾い集めた著者がすごい。

 

古文書を読むのが好きすぎて、食べるのも寝るのも忘れて陶酔していたら、書庫で倒れたり、ついには救急車で病院に運ばれてしまったこともあるようだ。

 

ぶっとんでる(笑)

 

そんな著者も率直な心に響く言葉を記している。

 

 人は、かならず死ぬ。しかし、言葉を残すことはできる。どんなに無名であってもどんなに不遇であっても、人間が物事を真摯に思索し、それを言葉に遺してさえいれば、それは後世の人々に伝わって、それが叡智となる。この叡智のつみかさなりが、その国に生きる人々の心を潤していくのではないか。

 

「利己的な遺伝子」(リチャード・ドーキンス著)にも、後世には遺伝子だけでなく、文化も遺伝すると言っていた。

 

 

つまり僕たちが何気なく感じ、考えているこの感覚/価値観は表面上は現代教育や本から学んでいるように見えるけれど、数百年、数千年の日本の叡智に由来している。

 

 

上に立つものには愛が必要だとか言うけれど、これは500年前にも実践されているんだ。

 

【小早川隆景】(1533~1597)

万事を決断するに、仁愛を本として分別すれば、万一、当たらざることありとも遠からず。

 決断は難しい。小早川隆景は戦国・豊臣期の武将。中国地方の大大名毛利家の実質的総帥として難しい決断を迫られた。その決断は見事なもので彼の存命中、毛利家は安泰であった。とくに二つの決断で有名。第一は本能寺の変のとき。隆景は秀吉と対人していたが、撤退する秀吉軍を追撃しなかった。果たして秀吉は天下をとり、毛利家は豊臣政権下で領土をまっとうした。第二は朝鮮出兵のとき。侵略をあせる石田三成をいさめ、負け戦となった場合、軍兵を無事に朝鮮から日本に連れ帰る撤退計画の必要を説き、日本を救った。

 隆景が正しい決断をできるのはなぜか。不思議に思った黒田長政(初代福岡藩主)が決断の秘訣をたずねた。すると隆景は「別に子細はない。永く思案して遅く決断するだけ」と謙遜した。長政はおさまらない。更にきいた。「分別に肝要なことはありますか」。隆景の目が鋭くなり「それはある。分別の肝要は仁愛です。仁愛なき分別は智が巧みでも皆あやまり」といい、冒頭のように述べた。『名将言行録』などに伝わる話である。

 結局、身を捨ててこそうかぶ瀬もあれだ。自分の利得だけで物事を決めたときは、一見、得に見えても、見込みがはずれたとき、破滅する。

 決断するときは、心中に一抹の仁愛を。戦国きっての戦略家がそう説いている。

 

 

 

その他にも天空の星のごとく、きらきら光るたくさんの人物を取り上げており、1人1人が人生をかけて悟った考えを知ることができる。

 

 

過去と今も変わらないものが見えてくる。

 

 

日本に、

 

 

ここに生まれてきてよかった。

 

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