過去は真理の宝庫。
現代の潮流を知ることで一歩先を予想することができるが、過去から真理を知ることで十歩先を予想する力を掴む。
良書はその教科書。
前回(日本に生まれた事を思わず感謝してしまう一冊「日本人の叡智」
)に続き、映画化もされた磯田道史さんの著書「武士の家計簿」★★★☆☆を読んだ。
この本は「金沢藩士猪山家文書」という武家文書に詳細に記された「家計簿」をひも解いた一冊。
武士のふところ具合については、それほど学術的には進んでいない。
しかし、武士の貧乏イメージは世間一般に定着しており、その根拠を探るべく著者は古文書を求めた結果、奇跡的に37年2ヶ月におよぶ猪山家の家計簿を見つけるに至った。
一般庶民ならぬ下級武士の生活が饅頭1つ買ったことさえ書き記されたこの古文書。武士の生活がリアルに浮かび上がってくる。
カコのイマを感じた。
一般的な武家の暮らしをすると江戸時代の後半になるにしたがい、武家は貧しくなっていく。
同様に困窮した猪山家はすべてを売り去り、不退転の覚悟で生活を一変させるのだが、面白いのは、交際費や儀礼行事費は全く圧縮しないのである。
お金がないくせに行事ごとに「鯛」を買ったり、親戚の家を訪れた時にはその家来に駄賃を払う。
現代からすれば無駄にしか思えないが、親族関係を大事にするためであった。
なぜ親族を大事にしなければならなかったかと言うと、
江戸時代は平均寿命が短く、しばしば当主が早死にして、幼い遺児が家督を継ぐ。そんな時に武士の世界で生きていけるように男の作法・役所のしきたりを伝授するのは、叔父などの親類たちであった。
また親族の1人が不始末をすると親族全体に差し控えなどの処分が下る。
もし男子が生まれなかった場合、親族と相談して養子を取らなければならない。
お金に困った時の金融取引も親族関係に大きく依存していた…
などなど、なるほどそういう文脈であるならば、自分の生活費を削っても親族との交際費は削れないわけだ。
僕が江戸時代に生きていたら、同じように親族を大事にするだろう。
なんか先輩後輩のおごりおごられに似ている?(笑)
結構文脈は現代と違うんだなと実感した。
そんな猪山家は幕末維新の時代へと突入する。
当たり前と思っていたことが、すべて崩れて行く。
米価が4割に下落し、収入は4割に減り、さらに家禄も下落。
貞享暦から慣れない太陽暦に変わり、大切な先祖の忌日もすべて変えなければならない。
乗馬で街を通行するのは上級武士の特権であったが、それを今は乗馬の町人に押しのけられる。
武士の中では賎しい技術とされていた家業のソロバン役が価値を生み、猪山家は「年収3600万円」になり、由緒だけを頼って生きてきた士族は「年収150万円」となる。
明治時代に官職にありつけた武士は16%で、84%の武士は官職からもれており、その痛みは凄まじいものだった。
150年前の話。
こんな時代もあったのだ。
ただ、人ごとではないと思う。
1000兆円の借金を抱え、20%以上の高齢者を抱え、ともに増える一方の現代日本。
このままの生活が続くという幻想の中に生きているが、いつ明治維新のような変革が訪れるのか分からない。
何にせよどこでも通用する力をつけておくにこしたことはない。
名ばかりの資格ではなく、価値ある力をつける必要がある。