月別アーカイブ: 2015年11月

外見を磨いた方がいいという話。原石よりもダイアモンド。

人の心を掴みたいと思ったら、まず五感に訴えることが大切だ。

目を楽しませ、耳を楽しませる。そうやって理性を金縛りにして心を奪うのだ。

 

フィリップ・チェスターフィールドが書き記した「わが息子よ、君はどう生きるか」という本を読んでとても印象に残ったのは、「自分をよりよく見せる才を磨く」ことを重視していた点だ。

 

全9章あるうち、「時間を大切にせよ」とか「器を大きくせよ」とか「自分の意見を持て」とよくある話の中で、8章は人の心を魅了するために自分の外観を工夫するよう述べていて、具体的なアドバイスが沢山あるところが面白かった。

 

イギリス最大の教養人の1人として称され、大使や官僚としても活躍したチェスターフィールド。

 

そんな彼が父親として、自分の息子に宛てた歯に絹をきせぬ文章だからこそ、実際問題とても大事なこととして、章の一つに大きく取り上げて「外見」についてあれこれと述べていた。

 

 

彼は人を建造物に例えており、

 

「いくら頑丈な建造物でも野暮で殺風景であれば、わざわざ中に入って、仕上げや装飾を見るまでもないと思われても仕方がない。

 

ところが、外壁に装飾などを凝らして美を競っていたらどうか?

 

建造物にまったく興味のない人でも、思わず目を奪われ、どんなに不用意に通りすがった人でも、思わず足を止める。そして、中を見たいと申し出て、実際に中に入ってしまうに違いない。

 

人間も同じで、することなすことすべてに神経が行き届き、品位を感じられたら、見た瞬間に心を奪われ、その人に好意を抱いてしまうのではないだろうか。」

 

というように説明していた。

 

 

この本はイギリスのみならず全世界1100万人もの人々に読み継がれているそうだ。

 

1774年著だから240年も前の本なのに、今読んでも全く色褪せていない。見た目が大事だということは真理なのだろう。

 

中身は大事だ。

 

しかし中身だけの原石では見向きされない。外を磨くことで人を魅了してやまないダイアモンドとなる。

 

 

 

 

 

ちなみに今僕は沖縄の伊是名島というところにいます☆

沖縄

1週間だけ離島医療をしにきました。

島は小さくて、地域住民との距離が近いです。

高齢者の生きる価値について。

「生きていてもしょうがないと思うの。」

 

「腎盂腎炎という病気になったから、入院して治療しましょうね」と伝えた時のことだった。

 

 

「早く迎えにきてほしいと思ってるの。でも今回もダメなのね。」

「もう周りの友達もみんないなくなってしまって、迷惑をかけるだけだわ。」

「すっきりあの世にいける方法はないのかしら」

 

しっかりとした声でそう言っていた。

 

綺麗に白髪を櫛でとかれてあり、笑いじわ沢山の素敵な笑顔をする彼女は、95歳には見えなかった。

 

 

そんな彼女の言葉に偽りはないのだと強く感じた。

 

本当に、死にたいと思っているんだ。

 

価値のある人間でいたいと感じている。

 

 

でも死にたくない気持ちもある。自分で死ぬにも痛かったり、そのせいで迷惑をかけたりする。

 

天秤のように揺れ動く。

 

死ぬことを恐れていない人を沢山みてきて、彼女以外にも同じようなことを言う人も何人かみてきて教えてもらった。

 

 

価値のある人間でいたいと思う高齢者は多い。

 

 


 

高齢者の価値とはなんだろう?

 

 

「ありがとう」と繰り返す愛嬌のあるおばあちゃんは院内でも人気がでる。自分の祖父母や親しくしている人が人生の終わり際を見せてくれ、沢山のことを教えてくれる。

 

ひいじいちゃんが生きているというだけでも孫にとっては価値だ。

 

ボランティアをすれば人の役に立つだろう。日野原先生なんかは100歳を越えてもとてつもない価値を生み出している人だ。

 

 

でも疑問に思った。

 

 

「価値がないと人は生きてたらアカンの?」

 

 

 


 

高齢者になっても、価値を出し続けないといけないのか。

 

 

『話が長くなるお年寄りには理由がある』(増井幸恵著・PHP新書)によると、

 

90歳くらいの高齢の方になると、ちょっとしたことに対しても楽しみを感じている方が多いという。「ごはんが美味しい」「テレビを見ているのが本当に楽しい」「寝るのが大好きだ」「お友達と話すのが楽しい」など、それだけでありがたいと思っているのだ。

 

もちろん孤独感を抱いている。

 

しかし、「嫌な気分はほとんどない。気持ちは落ち着いている。いいことがあるわけではないけれど、とても幸せだよ」というふうに語ることが一般的だという。

 

こうした気持ちのあり方を、トルンスタムという社会学者は「老年的超越」と名づけた。

 

従来の喜ばしき高齢者のあり方は「生涯現役」だったが、それとは正反対に思えるようなあり方も、超高齢者の幸せのかたちとして存在している。

 

高齢になれば身体的に人に手伝ってもらわないと生きていけなかったりもするけど、それは若者と何が違うんだろう?

 

僕達も沢山の人に支えられて生きている。

 

金銭的にはきちんと保険を積み立てたり、システムでうまく支えられる社会をつくればいい。

 

常に十分な価値を生み出さなくてもいい。

 

子供から大人から高齢者までみんなが幸せに暮らせたら、それでいいのではないだろうか。

 

みなさんはどう思いますか?

脳みそがちぎれるほど考え抜けるか。

今日は朝から気持ちいい。

 

やっぱり先人の話を聞けるのはいい。

 

久しぶりに自己啓発本を読んだ。

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事を成す 孫正義の新30年ビジョン

 

 

二回目だけどだいたい忘れているもので、二度読んでも学びがある。むしろ二度読んだ方がいい。

 

以前の気持ちが蘇りながら、新たな気づきを得られる。

 

自分を確かめ、新しく得られたことを吸収する。

 

勉強もそうだけど、記憶というのは3回目くらいで定着するもので、よいものを自分に染み込ませることは単純な知識の習得よりも大事だ。

 

日々の中で偉人に囲まれることは難しいけれど、一方方向でも偉人と何度も会話できることは素晴らしい。

 

 

孫正義は脳みそがちぎれるほど考えていた。

 

少し引用すると、

 

10年分の予想損益を計算する予想資金繰り表、予想組織図、徹底的に作ったんだ。1年半かけて、40ほど新しい事業を考えて、その40の事業それぞれに全部作ったんですよ。10年分の予想損益計算表、予想キャッシュフロー、予想人員計画、組織図みたいなものを、徹底的に。政府の資料、刊行物センターにはしょっちゅう行って、本屋さんではあらゆる本を買い集めて。一度本屋さんへ行くと、10万円分くらいは買っていたからね、毎回。徹底的に調べ抜いて、考え抜いて、しかも、それをやるからには、単なる人まねのものじゃいかんと。何がしかユニークなアイデアを伴った、しかも日本で少なくとも圧倒的一位になれて、最終的には世界展開がいけてというようなことで調べ抜いて、考え抜いたんだけど、そのプロセスをもう一回、この1年かけて徹底的に行って、そのうちのエッセンスの部分を「新30年ビジョン」として掲げる。それがわれわれのグループの社員に対して、そして株主の皆さんに対して、あるいはわれわれに興味を持ってくれているようなファンの皆さんに対して、言うべきことなんですね。

 

100年後の未来はどんな時代か想像しているか。

 

30年後のヘルスケアを想像しているか。

 

5年後のビジョンを描けているか。

 

僕は今日一日特に予定がなく構想を練ったり、準備したりする予定だ。そんな今日一日のことを昨夜は、「明日の一日は長いなぁ」と思っていたけど、そんな気持ちじゃアカンかったな。

 

志を高く、一番を目指し、大胆に攻める。

 

どっぷりやっていこう。